認知症サポーター国民の10%

「認知症サポーター」が今年3月末時点で、1260万人を超えました!国民の10%です。これはすごい。このキャンペーンがスタートしたころ、失敗するって思っていたのですが(;’∀’)、これを支えたのは、介護事業所や介護職員の皆さん、そして要介護の方がいるご家族の貢献が大きいと思います。徐々に金融機関や一般企業など、高齢者の顧客を持つ企業の従業員もサポーターになりました。私も比較的初期の頃、サポーターになりオレンジリングをいただきました。後年、キャラバン・メイト養成講座に参加し、キャラバン・メイトにもなっています(講師役)。キャラバン・メイトはまだ16.7万人と少ないのですね。認知症という言葉は知っていても、認知症の理解はまだまだだと思います。機会があればぜひ、サポーター講座に参加してみてほしいです。

地域福祉は住民の責任

「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」(いつものごとく長い…(-_-;))が先日交付されました。介護、障害、子育て、生活困窮者等への支援を縦割りでなく一括して相談できる仕組みにしましょう、ということです。誰がするのか?(;´∀`)、地域包括センター、地域の社会福祉法人が連携などでしょうが、ますます「社会福祉」丸投げ政策になってきていますね。社会福祉学で問題視されるこの法律の1-1-1「地域福祉の推進は、地域住民が相互に人格と個性を尊重し合いながら参加し、共生する地域社会の実現を目指して行われなければならない」のであり、1-1-2「国及び地方公共団体は、地域生活課題の解決に資する支援が包括的に提供される体制の整備その他地域福祉の推進のために必要な各般の措置を講ずるよう努める…(略)」となっていること。責任は地域住民であり、国や地公体は『務める』(努力義務)なのです。こういうことが粛々と進んでいる。社会福祉ボロボロといえませんかね、我が国は。

より快適に生きていくために

新型コロナ第2波が懸念されるものの、一部を除いて多くの県で「感染者無(全快)」の状況になっています。地域のリーダシップとともに、人々の努力も大きいですね。セミナーや講座もそろそろと再開の準備を進めています。まずは7月に首都圏と関西圏で主催者の限定顧客対象に小規模で予定しています。8月には小規模ながら一般向けも実施できそうです。もちろん再燃がないという前提で。今回のコロナ禍で、今後の生活を考え直した人も多いのではないでしょうか。地方移住の希望も増えているそうです。先日読んだ本に、「生きていく上ではお金が大切」ではあるものの、「より快適に生きていくため」には、Social Capital(社会関係資本)とCultural Capital(文化資本)が重要とあり、まさしくと思いました。社会的資本とは、人同士の社会的ネットワークとそこにある互酬性や信頼性、文化資本とは、家族・友人・知人との社会的関わりにおける文化的な財、知識、言語能力etc.を指します。そういったお話も混ぜながら7月から再スタートします(^o^)丿

子ども率も最下位ニッポン

以前訪れたスウェーデンの幼稚園(スウェーデンの出生率は2019年で1.85と高い)

少子高齢化はますます進んでいるわけですが、「子どもの数39年連続減」という記事を見てさすがにため息でした。14歳以下の子どもの数は総人口に占める割合が12.0%で46年連続の低下。人口に占める子どもの割合は、沖縄県が16.0%で最も多く、秋田県では9.8%と全国ではじめて10%を下回ったそうです。さらに国連人口統計年鑑によると、人口4千万人以上の32か国のうち、日本の子どもの割合は最下位。これを挽回するのは簡単ではない(というより不可能?)でしょうから、「増やす」というより「減らさない」対策と、人口減、若者減でも持続する社会の在り方を探ることが必要ですね。経済・経済とばかり言っていても、無理だと思います。経済はよくなればさらに良くなる経済を目指してしまう。それより社会の安定ではないでしょうか。

未来自叙伝「98歳になった私」

2018年刊の本ですが最近読みました。最初の頁に「目が覚めて、しばらくはなにも分からない。何かに気がづいて、『なにに気が付いたんだ?』と思って、やっと『自分は今日もまだ生きている』ということに、気付いたんだということに気付く。」引き込まれて一気読みしました。途中ひとり声を出して笑うところが幾度とあり、このセンスすごいなと。98~99歳の間の話なのですが、著者の橋本治さんの未来自叙伝。未来の東京大震災後という設定で、リアルと空想が織り交ぜられ「あるある」!シニア世代は膝を打つのではないでしょうか。関係ない世代が同じことを言うと大問題ですが、年寄り本人の自虐は明るい。シニア世代自身が語ることは大切ですね。橋本治さんの代表作はかなり昔ですが「桃尻娘」。いわゆる団塊世代真っただ中の人で、共感する人も多いのではないかと思います。大変残念なことに、この本を出したちょうど1年後の昨年、70歳でご逝去されました。

その組織は本当に大丈夫なのか

消費者庁HPより

既に報道されているのでご存知の方も多いかと思いますが、消費者庁の注意喚起です。約1万3千人の会員がいたようで、詐欺とまではいかないまでもグレーな仕組みかもしれません。金融庁からすでに指導(保険業に該当するおそれ)が入っていたようで、そこからの財務悪化とのこと。最初の理念は、この厳しい介護環境(公的介護保険がどんどん使いづらくなる)に、少しでも負担を軽くできる仕組みを、と考えたのかもしれません。でも、これは非常に難しい。民間介護保険も昨今さまざまなものが出てきましたが、当初は非常に使いづらく負担が重い割には保障がどうかというものでした。この団体の仕組みは会員制といいつつも金融庁のいうように保険に非常に近い。さらに、会員を増やすことで資金繰りを行っていたのであれば自転車操業でいずれ行き詰る可能性もあります。我々消費者側は本当に注意が必要です。「うまい話」は絶対ないのです。「社団法人」「NPO」と聞くと公的な団体のイメージがありますが、そうではありませんし、簡単に誰でも設立できます。消費者庁の注意喚起全文に目を通してほしいと思います。

介護事業の株主還元?

本文とは関係ありません

介護事業者大手のN社が株式上場廃止の予定だそうです。さまざまな要因はあると思いますが、「短期的な業績変動に動じず、…(中略)…、長期的視点で企業価値向上を実現するため」とのこと。介護事業は非営利にすべきが自論ですので、公的介護保険を活用しながらの事業で株式上場、株主に利益配当という図式は、どうも気持ちが悪いのです。「介護ビジネス」「ヘルスケア産業」と呼ばれるようになってから、中小規模の地域密着介護事業者も大手に吸収されるようになりました。それを先導するような政策もあります。今のコロナ対策と同様に「ちぐはぐ」な介護施策が多いです。規模が大きいからメリットのある部分も確かにありますが、現場視点で見るとなんだかなぁと思うことも。一方で、「規模は拡大せず、今の利用者(入居者)と職員を着実に守り品質を上げていく」というスタンスのところもあり、本来この事業はそうあるべきかなと思うのです。介護はサービスになってしまいましたが、介護自体は本当は「人の弱み」。そこをサービスにするって、なんですかねぇ(;’∀’)。

見守りとカメラ

介護の業界紙には、新しい介護・福祉の設備や商品もたくさん紹介されています。介護施設の見守りシステムの進化著しいことは、展示会場などの様子からも度々ブログにも書いてきましたが、介護施設の入居者の個別データが見守りという名のもとにその扱いルールがどうなってるのかと思いました。介護保険施行の頃、某大手電器メーカー系列の高級介護施設では、赤外線による本人の動きだけを察知する見守りシステムが導入されていました。プライバシーを極力守るためです。最近のシステムは、堂々とカメラ設置でリアル映像、さらにバイタル、睡眠の深さなど常に見られている(見守り)。もちろん本人や家族に了解を得ているとは思いますが。このシステムは事業所側からすると、かなり助かります。でも、個人的にどうもひっかかります。仮に本人が認知症で判断できない場合は?家族のOKでいいのだろうか。介護保険制度全体ですが、「本人の尊厳」や「本人の意志」といった部分から、サービス提供者側や制度自体の効率優先ばかりに向かっている気がします。見守りとプライバシー(本人意思)の境界線がぼやけているような…

24時間介護:要介護5で平均3回弱/1日

6/1社保審介護給付費分科会(6)定期巡回・随時対応型訪問介護看護の サービス提供状況に関する調査研究事業 (結果概要)(案)より

先週の社保審介護給付費分科会の資料は、次回の改正に向けてなかなか興味深い資料も多くありました。コロナの件もあるので今後どうなるか未定も多いでしょう。定期巡回・随時対応訪問介護(24時間介護)のデータを見て、まだ全国で1000事業所弱。伸びないですね。以前、デンマークの施設から在宅シフトの際には事前に24時間訪問介護が全国整備されてから在宅に移したと書きましたが、日本はなかなか追いつきません。平均数字でしかないですが、1ヶ月の訪問回数(同一建物外=一般住宅)がほとんどの要介護度で前年より減っています。職員不足の現れでしょうか。要介護5だと1ヶ月に85.4回、1日にすると2.8回程度。別の頁の世帯構成を見ると、約83%が独居です。これは同一建物(サ高住等)も入っているかもしれませんが、ほとんど独居で要介護5で1日3回弱で不足はないのだろうか。これ以外にも「サービスの質」評価資料なども「ADLの向上」が中心視点となり、介護保険の基本的理念とはちょっとズレてませんか、と思わざるを得ないのですけどねぇ(;’∀’)。

最期のときは誰が決める?

話題の「最後の社主」(2020.3)を読みました。朝日新聞社と社主(創業家)のゴタゴタ(;’∀’)、元秘書のある意味暴露本でなかなかな内容なんですが、そこは置いといて、出版直前に逝去された「社主(美知子さん、享年99歳)」の最期が非常に考えさせられました。庶民には想像のつかない大富豪生活(自宅は6000坪!)なのに、なんて寂しく悲しい人生だったんだろう。清濁併せもっていたとは思いますが、まさしく凛とした「孤高」さが伝わりました。なぜ最期が辛かったか。ストーリーの細部の事実はわかりませんが、こんな大きなメディアの大株主ですから、自然死するか延命するかにすら、会社側の意向が入り込んでくる。しかも、後見人選定にすでに認知機能がかなり衰えていた段階で、会社側がハンコを押させた。せっかくそれまでに整えていた身の回りのスタッフをすべて解雇され、心無い寂しい最期になりました(話が事実であれば)。これを読んで、ますます「自分の最期は、かなり自分が元気なうちに相当考えておかねば!」と痛感しました。誰が信用できる?お金持ちだけの問題ではないと思います。