具体的に考えるACP

京都の地域包括ケア推進機構では、看取り対策プロジェクトなるものを推進しており、ACP(アドバンス・ケア・プランニング=終末期の事前協議)の啓蒙資料がいろいろと揃えられています。なかなかの優れもので、3タイプの看取りの様子を、市内の芸術大学マンガ学科卒業生が作成し、マンガ冊子として気軽にイメージできるツールとなっています。さらに看取り期に入ると、人はどうなるかの具体的な時系列の様子を描いたリーフレット(少々キツイですが・苦笑)。ツールがあると、家族でも話しやすいかもしれません。ただ、本人交えて家族の会話は、その時が近づいてから始めるのは意外と難しい。元気なうちから、家族や周辺の人々と話すことを始めておいたほうがいいですね。

医療情報と在宅

昨日の続きです。永源寺の診療所では、A4サイズ位の大きなお薬手帳。驚くべきは、そこに検査データ、カルテのコピーも貼り付け、薬剤師さんと共有するだけでなく、救急時や大きな病院に行った際にも、それを見せればその人の経緯が全てわかるようにしてるとのこと。これはすごいですね。カルテ…、一般的に私たち患者は自分の超個人データなのに簡単に見ることができない。見せてもらうのに費用もかかる。なのに、診察時に毎回お薬手帳に貼っている。看取り体制や地域ケアの仕組みを含め、思わず永源寺に引っ越ししたくなりました(*’ω’*)。認知症のある独居高齢者もサービスの組み合わせで自宅で暮らしている様子も紹介してくれました。「どうしたいか?」を聞くだけでなく、実現する強い意志が支援側にないと、在宅は難しいと思います。政策は、その難しさがわかっているのだろうか。成功例をマニュアル化はできないのです。

「地域」の違い

先日、滋賀県東近江市の永源寺地区で在宅医をされている花戸先生の講演会に行ってきました。充実した内容でした。ド田舎(笑)山間地の町で、5歳~104歳の患者をほぼ一人で診ておられる。午前中は外来、午後は往診、緊急時24時間対応と過酷な労働状態だと思いますが、楽しそうです(*’ω’*)。それは、地域の人々と確固たる関係ができているからでしょう。若い人も含め、誰でも最初の診察時に2つのことを聞いているそうです。「ご飯が食べられなくなったらどうしたいか」「寝たきりになったらどうしたいか」。地区内の在宅看取り率50%。「死をタブーにしない」と明確に仰っていました。誰もが介護や看護、看取りは悩む。でも悩みながら考える、それが「お別れの時間」となって結果的に良いのだと思う、と。事例では、高齢者だけでなく、赤ちゃん、小学生、成人、病気や障害を持つ人の話も出ました。地域ケアはマニュアルでするのではなく、実践で作り上げていくものだとつくづく感じますね。

老人ホームがなぜ必要なのか

先週読んだ本です。某自立型有料老人ホームを取材したもので、2003年発行、ちょうど介護保険施行を挟んだ頃の様子です。最初、ホームの「持ち上げ」か「暴露」本かと思ったのですが、著者は大学教授(元新聞記者)。念入りに取材した内容が淡々と描かれています。さまざまな入居者のバックグラウンド、生活スタイル、考え、自立から介護、そして死。途中運営母体の破綻により、経営を懸念する様子も丁寧に描かれています(実際には違う企業が参入)。善し悪しではなく、当時の自立型有料老人ホーム(介護保険前から大手企業が運営しているもの)の実態がよくわかる内容でした。途中、有老ホームの変遷(制度や法律)も調査した内容が書かれており、今では知る人も少ないでしょう。1937年生の著者も執筆当時高齢期に入った頃。自身の親の介護も赤裸々に描かれていました。高齢者住宅事業に関わる人々には、過去の経緯や老人ホームはなぜ存在するのか、学んだ上で運営に携わってほしいと願います。

ケアプラン有料化見送りか

今年は紅葉が少し早いように感じる京都です。さて、1週間前の話で少々遅れてますが(;’∀’)、次期介護保険改正案「ケアプラン有料化」は今回盛り込まない方向のようです。個人的には恒常的に10割保険で進めるべきと思っています。一般的に「有料化すればケアマネの意識が高まる」と言われますが、有料化(自己負担)してもしなくても事業所に入る総報酬は変わらない。ましてケアマネの月収にも変化ありません。そもそもケアマネの品質確保はお金だけの問題ではないのがこの20年ではないでしょうか。ケアプラン自己負担化は、有益どころか問題ばかりだと感じます。「介護」をどこまで市場化・サービス化するつもりなのでしょう。介護は人権尊重にも関わる部分。お金の有無でその人の生活基盤を揺るがしてはいけない。社会全体を俯瞰すると、イヤ~な世論形成を感じます…。

誰を主体に介護するか

県や市の自治体主催講演はさせていただいていますが、先日、霞が関にも伺いました(*’ω’*)。普段文句を言っている某省では当然ありません(苦笑)。官僚も親の介護で悩むのは当然です。皆さん真剣に聞いてくださり、終了後は個別相談もありました。お仕事の関係上海外勤務も多く、遠距離介護といってもちょっと桁ハズレな距離です。何かあっても、それこそスグにかけつけられない。そんな中での「在宅」選びは相当なストレス。地域包括ケアシステムの言い分ではないですが、まさしく「本人・家族の選択と心構え」である、と。悔しいけど現実です。親の希望と子の希望はときに正反対になります。私は個人的には「親の考え」を尊重することを勧めています。ただし、そこには「最悪のこともありえる」子の覚悟が必要。昔に比べて「可能性」が増えた分、諦めきれない我々なのですね。

介護認定の有効期間

次期介護保険改正案。介護認定を受けると、その後「認定更新」が必要となります。当初は6ヶ月~最大24ヶ月が認定期間でしたが、前回改正時、最大36ヶ月(3年)まで可能となりました。今回の案はなんと最大48ヶ月(4年!)。確かにもう回復の見込みがないであろう寝た切りの方などはありえるかもしれませんが、延長する理由がどうも①申請から30日以内に認定を出す(法律上)はずが、現在平均日数40日と遅れている(実際聞くところでは2ヶ月かかっているところも多い)。②さらに認定調査員が不足。この点についても改正案で、現行委託可能なケアマネジャーだけでなく、それ以外(資格については未定ながら「要件緩和」とのこと)も許容する。介護制度の品質確保といいつつ、これでいいのだろうか。社保審の委員が昨今経済団体からも選定されており、委員からはおおむね了承されたということで、なんとも気持ちの悪いものが残ります…。

複雑怪奇な高齢者の住まい

昨日は兵庫県明石市でセミナーでした。終了後、個別に質問をお受けし、いろいろ反省がありました。「住宅型」「介護付」は有料老人ホーム3類型の2つ。「自立型」「介護型」は、制度的・正式なカテゴリーではないのですが、便宜上使われる。「入居時自立であり、小ぶりマンションのような有料老人ホームで、自立~看取りまで対応」が「自立型」。入居時要介護状態、介護居室(バス・キッチン無の6~8畳1間)というのが「介護型」。ところが、この組み合わせで混乱してしまう。類型「介護付」「住宅型」にはいずれも便宜上分類の「介護型」も「自立型」もあります。便宜上分類「自立型」「介護型」にも類型「介護付」「住宅型」があるのです。この部分を何度も説明の仕方を変えてきたのですが、やはりまだダメ( ;∀;)…。というより、国の制度や名称のややこしい状態、なんとかしてくれないと、本当に国民は困ります!責任転嫁ですみません(;’∀’)…。

認知症を持つ人の治療判断

ある認知症の施設で介護関係のお仕事をされている方のブログに、看取りの話がありました。終末期に認知機能低下により口から飲食ができず、枯れるように静かになくなるケースは多いそうですが、問題は末期がんのケースだそうです。自分で治療を選択できず、家族が(諸事情ありとはいいつつ)、無治療を選択。本人は理解できないながら、苦痛はともなっていて、壮絶な最期につながることも多いそうです。ブログ筆者は、本人の意向が表明されていなくても、医療従事者は患者に寄り添い尊厳を守り、苦痛を取り除き穏やかに逝かせてあげてほしいと綴っていました。おそらく介護現場の方々もなにもできず、悲しく辛い思いを共有するしかないのでしょう。極論でいえば虐待に近いかもしれません。家族に全てを託すこと(託せること)が幸せとは決して言えない、現場の実態だと思います。

介護休業・休暇のあり方

毎年、秋は現役世代向けの「親の介護」勉強会のお仕事が多くなります。企業や官公庁の福利厚生の一環。終了後の個別の質問・相談は、子としての重圧の大きいものも多く、つらい内容も少なくありません。多くの方の話を聞いていて思うのは、介護離職ゼロを推進する国策のひとつとして「介護休業」「介護休暇」の問題。法定で日数は決められているものの、適用する対象は所属組織に一任されています。要介護2以上を目安とするところが多いようですが、これは現実を反映していないのでは。財源調整のため「介護認定」が取りづらくなっているのは、事実です。そんな中で、軽度の段階でも対策を講じる必要が非常に高いのに認定がおりないために、どうすべきか悩む40~50代の働き世代は多い。とても実感。この時にこそ「介護休暇・休業」が必要なのでは。介護保険の利用が重度に偏重しつつある昨今だからこそ、軽度対応が家族にのしかかっているのです。見落とされています。早くここに気付いて対策を講じてほしいものです。