離れた地への住み替え

 

以前、青森で仕事先の方から「冬の雪は過酷なので高齢者は住み慣れた土地を離れてでも移住希望が多い」という話を聞きました。今回仙台でも同じ話をお聞きする。70~80代がそこまで思うのは、高齢期の雪による生活困難は想像以上なのでしょう。雪害を知らない土地で過ごしてきた身で物申せませんが、本来は住み慣れた環境を離れるほうが弊害が大きいのがセオリー。言葉、異なる土地や人々の習慣、食事・食材など、心理的な負担は大きいです。「子の近くに住む」ために、田舎から大都市へ移住して、結果的に「失敗」だったという話は少なくありません。そんな例からあまり賛成しないのですが、それを超える「生活困難」があるのかもしれません。考えれば、公的機関が除雪や買い物サービス付きの高齢者のための集合住宅を設置するほうがよいのではないだろうか。原価住宅として維持コストは本人負担としても、日本全体で考えるとコストは安く済むような気がします。本人負担も少ないですし。等々考えた東北の2日間でした。

老人ホーム地域事情

 

今日は仙台でセミナーでした。宮城県のデータを調べていて特有の事情を発見。有料老人ホームに関しては、小規模がとても多いです。5月1日時点での有老ホーム登録174件に対し、定員1~10人が35件、11~20人が57件、30人以下の施設が114件で約66%!。少し大きい規模は全国チェーンの介護施設で、自立型有老も3施設あると思われます。100万人越の政令市ですが、先月の新潟と同じように、高齢者施設の状況はちょっと他の大都市と違う傾向がみられるようです。地方都市で仕事があるとき、事前に概況を調べて参りますが、この地域色が非常に関心高いです。日本の介護や高齢者の生活をひとくくりにしてはいけない!と実感します。ということで、セミナー内容は地域ごとに多少カスタマイズしています(*’ω’*)。

孤独担当大臣

 

Facebookで毎日英国BBCニュースの要約をざっと見ているのですが、見逃していたものがありました。今年1月、イギリスで「孤独担当大臣(Ministry for Loneliness)」を設置したそうです。英国の2016年人口は6560万人で日本の半分強、高齢化率18%は日本より10%近く低い。しかし75歳以上の半数が一人暮らしで、「孤独による暮らしづらさ」を多くの人が抱えており、「孤独」による国家的損失は約4.9兆円(どうやって計算したのだろう…)とのこと。まずは調査をし、コミュニティ活動に対して助成金を交付するようです。イギリスの社会保障制度は、単純に日本と比較できませんが、伝統的に福祉的見地にたっているものが多いものの、サッチャー時代から冷徹に削減が進められ、決して「福祉国家」とは言えない現代。以前も記しましたが、老人ホーム追い出しも日本では考えられないようなこともあります。孤独問題にどう対処するのか、この先注目ですね。

携帯とモチベーション

 

先週末の老母の携帯の続きです。新製品で無事使えるようになりました。前の携帯もそうでしたが、シニア携帯にはこの「歩数計」常備が多いようで、これが結構効果的です。10数年前はじめて携帯を持った時、実家のテーブルの上にずっと鎮座していました(-_-メ)。「落としたらいけない」ということで持ち歩かず、全然携帯の意味がない(笑)。同様の高齢者は多かったのでは。ところが、歩数計があることがわかると「常に」持ち歩く。人間のゴール・オリエンテッドな特徴が出ますね。役所が高齢者向けに歩数カレンダーを配布し、一定のレベルで景品がもらえるなど(介護予防対策)企画してくれるので、なおさらモチベーションが上がるようです。年2回、母と旅行に行きますが、ついつい私も「今日は何歩?」って聞いてしまうので、「実績確認」というのは心理的な影響が大きいかと(;´∀`)。いつも携帯に文句を言っているので、偶に持ち上げてみました。

孤独死対策待ったなし

 

大学院の授業で事前読書指定された本です。一般向けなので研究書と違って読みやすく、すぐ読めます。孤独死問題は居住福祉と大いに関係があるので注意していますが、深刻な課題が非常に多いと実感。メディアでも取り上げられるように、公営団地の著しい高齢化率(50%以上!)、生活保護・低収入層に偏った入居、特に孤立しやすい男性が多く、男性孤独死率は女性に比べ非常に高いのが特徴です。地域や行政の見守り活動があっても、頑なに拒否する人も少ないとはいえず、個人情報保護法の過剰反応も難しくさせている。冷徹に考えれば、亡くなった本人はもう関係ないかもしれませんが、周辺を非常に困惑させ、労力と費用を発生させてしまいます。特に死後経過日が相当で、プロでない人が発見者となった場合、そのショックは日常生活を破壊させるほど大きいようです。政府は「自助・互助」を強制するものの、自助には限界があり、互助は公の土台となる後方支援がないと維持・継続はできません。孤独死は今後さらに増加することを考えると、自助互助ばかりいっている場合ではない、と感じます。

高齢者と携帯電話

 

老母の携帯電話(8年前購入ガラケー)がそろそろ危なく機種変更に行きました。が!携帯会社の「超高齢者」配慮不足にガッカリ。すでに従来ガラケーはなく、そう見える「ガラホ」しかありません。料金もスマホに準じて上がるし、それは別にしても、「らくらくフォン」という名称には程遠い。電話と文字メールだけのシンプルなものは「儲からない」からでしょう。操作は明らかに混乱するし、間違って高齢者がネットにつないでしまいそう。顧客志向と思えない。私も昨年嫌嫌(笑)スマホにしましたが、電話以外ほとんど使っていません。菅さんが「携帯会社もうけ過ぎ」と仰ってますが、一律の機能の押し売りはやめてほしいし、安全のためだけに持つ超高齢者が多いことも忘れないでほしいです。基本はシンプル、要望に応じて各々が有料で機能をつけ足せばいいのではないでしょうか。これだけ後期高齢者人口が増えているのですから、サービス会社は普通の後期高齢者をモニターにして商品化を検討してはどうでしょう。

近所のお店

 

最近ちょっと気付いたことが。近隣に小さい(チェーン店ではない)お惣菜屋さんがちょこちょこ出来ているのです。お店によっては、ごく近隣への配達もしているようで、おそらく高齢者向けかなと思いつつも、店舗は若い女性や勤め人の男女も夕方などは多い様子。介護食宅配チェーンや、スーパー・デパ地下のお惣菜コーナーもありますが、昔ながらの「近所のお店」の手作り感がひょっとしたら人気なのでしょうか。結構繁盛しているように見えます。料理好きな住民が、趣味と実益を兼ねて始める?スモールビジネスながら、社会貢献にも繋がっているのかも。好みもありますし効率・価値観も人により違いますが、工場で作られたものより、そのお店の大鍋で作られたおかずのほうが「好き」と感じる人も多いのでは。私自身は外食以外は自炊派なので「中食」はしないのですが、今度立ち寄ってみたいと思います。W台風で関西エリアはすでに暴風です、お気を付けください。

自治体の心意気

昨日の続きで昨日の朝刊の記事、横須賀市長の寄稿です。引き取り手のない遺骨がこの20年で急増しているとのこ。横須賀市でも年間数十件だそうです。かつて、身元不明に限られていたものが、今では9割以上は身元がはっきりしている。これは驚きです。引き取り手がない場合、行政としては無縁納骨堂に納めるそうですが、本人の意志に反するのではないか、ということで、横須賀市では今年から「わたしの終活登録」という事業を開始し、緊急連絡先や墓の所在地など11項目を生前に登録する制度を始めたそうです。画期的!私もお願いしたいくらいです(笑)…京都市はしないだろうな(-_-メ)…。最近、地方自治体が主体的に市民のために独自に取り組むプランが増えてきたように感じます。一方でそれは地域格差が大きい。高齢期にもっとも反映されますが、「住みたい市町村」をどう作れるか自治体次第ですね。横須賀市長のシメの言葉が格好いい、「社会状況は変わった。足りない部分があるならば、そこは行政が補う。行政のあるべき姿ではないだろうか。」

人のためか経済のためか

 

朝刊から印象的な2つの記事。1つは慶応大学の先生による「日本の最低生活保障を考える」シリーズ。毎日とても参考になる内容でしたが、今日の最終回は「住宅手当の必要性」。日本は生活保護内の住宅扶助があるものの、過去にも何度か書いたように単給不可。他には、公営住宅の家賃一部減額や住宅購入者の住宅ローン控除が広義で該当。しかし、住宅ローン控除はそもそもある程度の所得がある層であり、これによる税収減は「所得10分位の最も低い10%に属する、賃貸住宅に住む人の家賃負担割合を、5割越から4割越に引き下げるために必要な財源の4倍に相当する(あるいは住宅扶助総額の1.4倍)」。人々の最低保障よりも金持ち優遇策である、と(あるいは経済対策)。「生活保護に陥る前の『住宅手当』」の重要性を説いてくれています。ちなみに一時日本でも話題になった「トリクルダウン説(経済が良くなれば貧困層にも恩恵が滴り落ちる)」は、OECDの研究で否定され、所得格差は経済成長を鈍化させるとされています。もう1つは、長くなるので明日にします。

24条改正を再考

ちょっとカタイ話ですが(;’∀’)。法律は、実は日々の生活に密接に関係があって、その根本となるものが憲法です。以前も少し触れましたが、憲法改正は9条だけが目立つものの、他にも改正案がいろいろあり見逃してはまずいものもあります。私自身は基本ニュートラルのつもりながら、24条の改正だけは絶対だめだと思っています。関心ある方は、24条改正で検索されるとたくさん意見が出てきます。この本は、私の大学の先生も一部担当されており、「家族主義」の危険性が語られています。24条に新たに入れられる案は「家族はともに助け合わねばならない」。それまでは個人の尊重がベースだった。これは地域包括ケアの「自助・互助」とも連動するわけです。さらにDV(配偶者だけでなく子も)の危険性を高める内容もあります。私も授業で知ったわけですが、「もっともらしい言葉」のレトリックに騙されやすい。一見そうだと思える表現を悪用するとしたら?の発想も必要なのか。何を信用して生きていけばいいのでしょうねぇ┐(´д`)┌