脳だけ生存?

 

昔「不老不死」に憧れる人は多く、今は「不老」はともかく、「不死」を願う人は少なくなったかも? ところが、脳のデータをデジタル空間に移植して永久に生存する研究が進んでいるそうです。AIが想像以上に進化する時代、将来的にはさもありなん。しかし、それはあらゆる意味で怖いですね。肉体から解放されて意識が残ることは、肉体にともなう苦痛がなくなるというメリットがある反面、「死ぬことができなくなる」。いや、「不死」を願う人にはそれが目的かもしれませんが、どうなのでしょう。また、デジタル脳殺人事件なんかも発生するかも?いつの段階で肉体を離れデジタルに移行するのか、それは「自殺」なのか、もう倫理問題を超えた問題がありそうです( 一一)。いつも思い出す手塚治虫氏の「火の鳥未来編」、1967年の作品ですが、超未来化された世界で「死ねない肉体」をもった主人公が、地球上全人類が核戦争により破壊された後、もう一度地球が最初からやり直す何十億年を付き合うことになる話を思い出します。死ねない苦痛が恐怖でした。これは予言だったのか?

在宅看取り

 

大学院の授業で、自分で選んだ「闘病記」についてのレポート提出がありました。図書館で「闘病記」を検索し一番上に出てきたものを選んだ(安易!)のですが、この本が良かった。地域看取りの24時間在宅訪問クリニックを開業した女医が、夫(医師)の突然のガン告知に戸惑いながらも、自ら看取りを行う様子を詳細に描いています。美談ではありません。医師としての自分、妻としての自分の葛藤、強い愛情があるのに、一方で如何ともしがたいイライラ…。「在宅看取りは平穏死」という内容ばかりを読んできましたが、それは100%でないこともわかります。夫婦とも医師、理性と本能の葛藤が一般人より強いといえる。お二人とも60代後半のときの話です。自らの看取り話を進行しながら、医師として携わった地域の人々の看取りエピソードも織り混ぜ「死」と「生」のストーリーが展開されます。人との関わりの重要性を後半で記されますが、「言葉というのは不思議なもので、内容の善し悪しは誰から発信されたのか、つまり言った人と聞いた人との関係性で変わる」とあり、なるほど!病の告知・説明は医師との関係性、介護に関しても、さらに普段の生活も同様ですね。

早川和男先生

 

約2年前大学で勉強しなおすにあたり、非常に影響を受けた「居住福祉学」の権威、神戸大学名誉教授の早川和男先生が25日ご逝去(享年87歳)されました。建築学がご専門ながら福祉の視点から緻密な調査研究をされ、住環境の整備がいかに重要か愛をもって論理的に解説してくれました。悲しく残念な想いでいっぱいです。私の卒論の序文で早川先生の著書『居住福祉』から引用させていただきました。『事後対応的な消費による医療・介護の前に、良質の居住環境ストック形式による健康と福祉の可能性を追求していかねばならない。何度も言うように、その視点を欠くならば、社会福祉政策は、劣悪な住環境がつくりだす医療・福祉需要のしりぬぐいに追われることになろう』(早川1997:146)。これは、いま大学院でさらに研究を深める際もメインテーマです。直接お会いしたことはないのですが、勉強における精神的な大きな支えが早川先生でした。今年春に、ラジオ番組でお世話になった医師の早川一光先生もご逝去され、大きな存在の早川先生2人が旅立たれた。御歳を考えると致し方ないものの、「もう、その人はいない」という感覚が残された者には非常に寂しい。その意志を継いでいかねばならない、ですね。

自家製熱中症対策水

 

今日は横浜に来ていますが、連日38~39度の京都から移動すると「涼しい!」。狭い日本なのにこんなに違うとは。もう「猛暑」の話はウンザリと思いつつ(苦笑)、「命の危険」を感じる暑さが続きました。子どもと高齢者が特に注意喚起されますが、年齢は関係ないかと。私も15分も外に出るとグッタリします。先週末和歌山の実家に帰りまして、この写真は最寄りのJR駅にある温度計。紀伊半島の南端に近いので、冬は比較的暖かく夏は35度まで上がることはほぼありません。今年は今までにない高温が続いているようです。お墓参りも早朝に。隣町にいる叔父叔母にも農作業をくれぐれも昼間しないように、と。ウチの母にもスポーツドリンクを飲むように言うのですが、好きじゃないようで(;’∀’)、自家製レシピ<水にレモン汁、砂糖、塩>を伝えました。ご高齢のご家族がいる方にはおすすめ。軽い熱中症にはたぶん誰でも陥ることが多いと思います。まだまだ油断できません、7月ですから。

外国人介護士

 

朝刊の一面記事。EPAで介護福祉士の受け入れの時を思い出します。EPAは平成20年からなので丁度10年。その当時の厚労省HPでは「介護人材不足を補うために外国人受け入れはしない」旨、明言していました。当時の公表資料では、「日本の労働市場に悪影響を及ぼさないように上限(人数)を設定」と記載されている。しかし、10年前にすでに介護人材不足は明確に誰にでもわかっていたはず。この1,2年で技能実習受入が急転換し、さらに枠は拡大の方向。問題は新聞でも指摘していますが、日本が言うほど海外から人が来てくれるのか?そして、受け入れ態勢をきちんと整備しないまま、安易に大量の人を人材不足のために充てるとすると、大きな問題が発生しないか。個人的に外国人介護士は反対ではありません。ただ、受け入れ体制の整備を怠ったままでは怖い。10数年前に台湾の高齢者施設を視察した際、当時すでに外国人介護職が国内介護職よりずっと多いが多くの問題が起きていることを聞きました。介護だけでなく、「外国人の単純労働受入」は、働く人、日本で暮らす人、多くの人に影響が生じるのでは。仮に日本人が大挙して1万人など他国に住み着いたと考えたら、さまざまな社会問題が現地だけでなく移住した日本人にも発生するはず。なぜもっと早くからきちんと整備できなかったのか、との思いです。

高齢層の分断・対立

 

大学院の勉強では「貧困」に関わる内容も多くあります。ここ1ヶ月程で自分の限界を超える(笑)勢いで文献を読んでおりますが、いつも申します通り「歴史」を学ぶ重要性を感じます。この書籍は立命館大学の先生が書かれたものですが、とてもわかりやすかった。「人間の生活にとって重要な基盤的領域、たとえば教育、住宅、医療、介護などは、本来市場化(商品化)されてはならない領域」、ほんとにそうですね。なぜならこれらの人間の尊厳にかかわる部分が商品化されると、格差が『一般化』されるからです。400年前のイギリスの救貧法(悪名高い制度)然り、日本も今その傾向ですが「本当に困っている人」だけを救済しようとする福祉制度は「本当に困っている人」さえも救済できない。困窮者のみを対象にすることは、誰も困窮者というレッテルを貼られたくない(スティグマ)からです。そして、低所得層(非保護)が保護層(生活保護受給者)を差別し貶める。分断・対立させることにより、すなわち制度が生み出す差別意識となるのです。高齢者の生活保護世帯の増加を考えると、この年齢層での分断をとても実感してしまうのです。

平均寿命と平均余命

 

2017年の簡易生命表が公表されました。報道では「平均寿命が過去最高」と言われていますが、かつて男女ともに世界一だった日本、この数年はその座をおりました。今回は男女ともトップは香港。日本は女性2位、男性3位。また、年代別の余命を2016年対比で見ると、80歳位までは若干の伸びもしくは維持ですが、95歳超では縮んでいます。90歳がボーダーかも(;’∀’)。あくまでも平均なので高齢期はあまり参考になりませんけど、平均余命的には超高齢期では伸びていないと見えます。一方で、90歳まで生存確率は、男性25.8%、女性50.2%。ところで香港は、30年近くの間1~2年に1度は行っていますが、確かにここ5年位の風景が違ってきています。ともかく「護老院、安老院」(老人ホーム)、「長者中心」(高齢者センター)といった施設を街中でよく見かける。日本と同じ景色(笑)。ただ、以前文献で調査した際には、8人や10人といった大部屋介護が多いのが実情、日本のように介護保険もないので、これだけ寿命が上がると深刻な問題があるでしょう。次回また状況見て来たいと思います。

介護離職H29年

 

先日、総務省からH29年就業構造基本調査の結果が公表されました(5年ごとの調査)。これによると「介護をしている人」は627万6千人。ほぼ要介護人口と同じぐらいです。うち有業者は346万3千人。そして、「介護離職」ですが、H28年10月~H29年9月の1年間で9万9千人。5年前に比べわずかに減っていますが、約10万人という数字は大きく変わりません。でも考えてみると要介護人口は増加していますから、ある意味「離職せず」介護をしている人が増加しているともとれます。一方で、それが介護保険が使いやすくなったからでは決してないはず。「利用できない」「費用負担が大きい」などの理由は逆に増加しているのでは、と思います。辞めた人に「介護を理由に」だけではなく、もうひとつ突っ込んだ理由を聞いてみてほしいですね。それでないと制度の問題がきちんと押さえられない、気がします。男性有業者の介護をしている人も151万人。決して少ない数ではありません。

猛暑!

 

毎日猛暑です(◎_◎;)。今日はこれから千葉でセミナーですが、関西に比べると若干首都圏のほうが涼しい気がします(場所による?)。我が家は、幹線道路沿いで近くに京大病院、京都府立医大病院、日赤病院と救急対応の大病院があり、消防署(市役所)も近いので、普段から救急車がしょっちゅう通り過ぎます。そして、この猛暑に入ってからの頻度がすごい(◎_◎;)。消防署のデータを見てみますと、今年7/16までの熱中症による救急搬送が、6月は過去5年で最多(去年比2.35倍)!7月もすごい勢いです。年齢は65歳以上が56.6%。女性より男性のほうが各年代で多い傾向、これは逆と思っていたのですが(;’∀’)。364人中、ほとんどが軽症ながら、死亡が1人。救護場所は、自宅が31%と約3分の1です。時間帯は12~15時ということでやはり気温が最高潮に近いとき。自宅にいても適切な気温管理と水分調整の重要性がわかります。私も15分ほど外を歩くと気分が悪くなるほど。もはや自然災害です。当面続きそうな猛暑、くれぐれも侮らないようにご注意を。

歴史はおもしろい

 

修論指導の先生が住宅政策関連の書籍を数冊貸してくれました。その一冊、昭和43年発行(;’∀’)。私は幼少時(笑)、うろ覚えな昔の住宅画像と重なります。当時はもちろん「高齢者住宅」といったカテゴリーはなく、あっても「養老院」の時代。それ以前に、戦後20年を過ぎても未だ貧相な住宅問題が山積みだったのです。が、こうやって住宅史を顧みると、いかに国策としての住宅対策が酷かったか。戦後はどの国も壊滅的でしたが、ホントにこの時点が日本と他国の分かれ目でした。住宅を「社会保障」(基本的人権)と捉え、公的に文化的かつ入居可能な家賃設定にして大量に提供した西欧諸国、住居は自己責任と劣悪な状態でもほぼほったらかしだった日本。いやいやながら(?)公的住宅も広げようとしますが、とても追いつかない上に、所得制限による壁、当時の公募倍率は50倍前後から1000倍。高度成長期の都市部人口流入の問題が大きいとはいえ、中長期でモノゴトを考えない日本の体制は昔からなのだなぁと…。「歴史に学ぶ」の重要性を今さらながら実感しています。