良いお年を

今年もあと2日。多くの人は年末年始休暇に入っていると思いますが、関係なく通常勤務の介護や老人ホームの現場もあります。もちろん介護以外の仕事の方も。家族と一緒に過ごせない人も多いでしょう。誰かのお世話になるということは、その人の時間をもらっているということで、そこのところはやはり忘れてはいけないですね。私はあと1件原稿を書く仕事がありますが、年越しは実家で紅白を見ながら(笑)過ごす予定です。切なくなる事件や事故も相変わらず多い昨今ですが、平和な新年が訪れますように。今年も1年ありがとうございました。来年は4日よりスタート予定です<(_ _)>。

お薬手帳の役目は?

厚労省が「高齢者の薬漬け」を適正化する方針との報道がありました。今さら(苦笑)と思いますが、具体的にどうするのでしょうか。高齢者だけの問題ではないですし、「日本は患者が薬をもらいたがる」といいますが、本当でしょうか?「お薬手帳がなければ薬は出せません」ぐらいの制度にしないと効果ないでしょうね。ふと2年前にスウェーデンの社会庁で聞いた話を思い出し、当時のメモを探ってみました。同様に薬漬けが問題になり、90年代に高齢者の服薬に関して「質のインジケーター」を開発したそうです。「10種類以上服薬している高齢者の割合」「向精神薬を摂っている高齢者の割合」「同時にとる必要がない服薬をしている高齢者の割合」を計測し、全て市にフィードバックし服薬チェックを実施。36の指標を作り全市をランク付け分析したそうです。オープン比較として各市がチェックし合える体制。かなり具体的です。厚労省も「適正化」と言葉で言うだけでなく現実的な作戦が必要では。それ以前に薬業界との癒着はないように、と願いますが。

年末と家

全国的に寒さが厳しい年の暮れ、今日の京都は雪が舞っています。先日ある場所でたまたま「炊き出し」に遭遇しました。いわゆるホームレスの方々だけではおそらくないと思います。かろうじて住居があっても食べるに困る人は、この日本でもいまだ多い。生活保護の捕捉率(本来生活保護が必要なうち実際保護を受けている人の率)は2割程度と言われます。半数以上が高齢者世帯。いま、福祉国家論の権威であるエスピン=アンデルセンの本を読んでいて、20年以上前の著書ですが非常に興味深い分析です。日本は先進国で近代化し、経済大国(今は落ちぶれたにしろ・苦笑)となっても、都合の良い部分だけ儒教的思想を用いる政策を続けてきたのですねぇ。ようするに、老人も子供も「人間の世話」は家族がせよ、と。でも家族がなくなっていくこれからの世帯、そんな話では通用しなくなります。年末はいつもより高齢期の家と暮らしぶりを考えてしまいます。

長谷川スケール

見逃していたニュース、先月、認知症医療研究のパイオニアである長谷川先生が自ら認知症を告白されたそうです。88歳、不思議ではありません。ご本人の長年の研究から自ら認知症であると診断したとか。でもその初期症状を見ると、今の私とそうかわらない(;・∀・)。長谷川先生は認知症の簡易診断に今も使われている「長谷川スケール」開発者。20年位前、会社の子達とやってみて「これ、今でも無理!」と言い合った(笑)。「100から7を引いていく」「3つの言葉を覚え、後から何だったか答える」などの検査です。最近は九九も危ないのに(笑)。「痴呆」が「認知症」になったのはいつの頃だったか、確か介護保険が施行されて少し後だった記憶が。痴呆が阿呆・馬鹿の意味を含めるので、ということで改称されました。が、認知症ってどう考えてもへんな名称ですね。「認知である」と言うと、それってマトモなことでは(・・?。これを機会に老人性物忘れは「病気」化され、研究が進むのは良いですが複雑。ちなみに長谷川先生は認知症薬を飲んでいるそうです。

自分のことで施設を探すとしたら

普段エラそうに他人様には「早めの準備を!」と申し上げているワタクシですが(;’∀’)、自分のこととなるとやはり心理的なストレスが生じることを発見しました。実家の町には高齢者施設は50床の特養ホームひとつだけだったのですが、同じ社福法人がサ高住をつくりました。特養は比較的町の中心地、病院に隣接しており、実家からも歩いて10分弱程度。サ高住は車で20分ぐらい離れた海岸沿いです。興味と半分万が一のときのために、電話して状況を聞いてみました。田舎らしい(笑)朴訥としたおじさんが、親切にいろいろ教えてくれました。16戸の介護型で現在空室は1室だけ。入居されている方も同じ町内からさらに南側の2,3の町にまたがるそう。「言い方悪いですが、中途半端な状態の方が多いです」(軽度という意味・笑)とのこと。おもに訪問介護と隣接する老健のデイを利用する。とはいえ、田舎で月額費用10万円以上は決して安くはありません。「いつでも見学どうぞ」と仰ってくれたので今度行ってみたいと思いますが、母を誘うかどうかちょっと怖い気がします(笑)。

誰のための介護サービス?

日本はバブル崩壊後「能力主義」が顕著になりました。その「能力」とは何か。企業ではより収益を上げた人が称賛されることになり、報酬にも差がついていきました。でもその影響は時間の経過とともにじわじわといろいろな問題を輩出していったことがわかってきました。数字だけ追うために安全性や品質がないがしろにされるケースは今でも後を絶たない。昨今の報道の通り。と、前置きが長くなりましたが(;’∀’)、来年からの介護は同様の方向を向きそうです。自立支援という美しい名のもとに(笑)、介護度が改善する人が良し、悪化する人は悪い。メディアによると一部自治体では施設入居者の要介護度が下がると事業者に報酬金を出しているところもあるそうです。さらに「悪化したら基準より報酬減を」という案も出ていたらしく、それに翻弄される事業者、その先の要介護高齢者本人にとっていったい何が大切なのか。介護が必要な本人にまでピリピリ感、焦燥感を与える介護現場って何だろう。個人的にはこの悪影響はきっと出てくる気がしてなりません。

技術の進歩とシニア世代

新聞では最近「フィンテック」と「AI」の話題が毎日相当ボリュームが多いように感じます。技術の進化はすごい!と思いつつ、所得格差だけでなく生活上の情報及び利用格差も拡大していくのでしょう。自分の財布の中はお金よりずっとカードが多い(笑)のですが、交通系ICカードは仕事する身には大変ありがたい。いずれカードをタッチしなくてもよくなるとか。シニア世代も交通系ICは使いこなす人が多いですね。しかし、これは都会VS田舎の格差が表れます。田舎ではICカードが使える駅や場所がないところも多い。高齢者にはいまだにATMすら利用せず窓口オンリーの人もいます。そんな中で銀行は店舗を減らしていくことも検討中とか。スマホで支払いも送金もできる「携帯銀行」が可能となっていますが、すべてがそれにシフトしてしまうと生活困難な人が発生してくるでしょう。しかし「便利」「オートマチック」が進めば進むほど、いったん障害発生したときのパニックは相当なもの。時代遅れ生活のほうが結果的にサバイバル能力が高い気がします(;”∀”)。取り留めない話でした。

しっかり、着実に!

介護保険審議会報告書(12/18)をざっと見てみました。106頁もあるのでホントにざ~っと(;’∀’)。来年から創設される介護医療院はⅠ型とⅡ型がありますが、今までと何がちがうの?という気がします。社会保障費の中でも介護費用が膨大と言いますが、もともと医療費だったものを介護費に付け替えているから当然です(療養型医療施設も訪問看護もリハビリも)。「要介護人口が増えるからいけないのだ」の議論に向かわせるレトリックと感じてしまいますね。また「公正中立なケアマネジメントの確保」も長らく言われることですが、そもそもこの部分は介護保険施行時に行政直営とすべきだったのではないかと、いつも思います。全て市場化すれば当然想定できたことではなかろうか(-_-メ)。最後のほうで「今後の課題」がありちょっと抜き出してみました(赤線は私です)。なんと曖昧模糊な表現が多い、政治家の話を聞いているようです(笑)。しっかり、着実に、ホントにお願します。(でも、データに基づく…って、机上の空論でなく現場に基づいてほしいもんですが!) これから今年最後のセミナー(大阪)です(^_^)/

見守りvs監視

生活リズムセンサーの話は過去何度か書いてきましたが、先日実家母の話で「おお!」と改めて思うことがありました。生活リズムセンサーは自立型有料老人ホームの居室に設置されていることが多く、トイレ天井等にセンサーをつけ、居室にいるのに一定時間そこを通っていない場合、管理室に自動的に通報されるシステムです。自治体では独居高齢者の家に設置するサービスもあり、我が実家も利用しています(有料)。だいぶ前、「数日不在」を連絡せず旅行に行き、通報で大騒ぎになったことがあり(;・∀・)、多くの人に迷惑をかけ恐縮至極でした。先日のケースは、どうも前日寝付つけず、久々に眠剤を飲んだらかなり寝坊したとのこと。するとセンターからTELがあり「いつも起きられる時間より随分経過して動きがないので心配しました」と連絡が!「お元気で良かったです」と温かい言葉もかけてくれたそうです。うちの母は単純なので(;’∀’)「すごい!」と大喜びでしたし、私もそれを聞いて「長期未発見はないだろうな」と感謝の気持ちです。ただ、これは個人的考えた方により「監視されている」という受け取り方もできる。見守りとは難しいものですね…。

定年と団地と団塊世代

先週読んだ「定年ゴジラ」。東大の大月先生のご本で引用されていて関心を持ち、図書館で借りようとしたら、出てきたのは台本(◎_◎;)。知らなかったのですが、舞台やテレビドラマにもなったようですね。台本なのでほとんど会話、臨場感たっぷりで一気に完読しました。大月先生が引用する理由がわかった。社会学的におもしろい!団塊世代が若かりし頃、ニュータウン分譲地に夢をもって家を購入、定年後自分たちの境遇と街の退化、それを考察・評価する大学の先生(笑)、まさしくリアルな話です。登場人物のオジサンたち(定年ゴジラ)が、いずれも非常にユニークで悲哀がある(笑)。物語でありながら、まさしく「リアル」なのだろうな、と思いました。ニュータウンをランク付けしようとする大学の先生に、オジサンの1人が「あんたに、なにがわかんねん。生身の人間がここで生きとるんや、そこんとこ忘れなや!」というセリフがあり、胸に響きました。ニュータウン一戸建ても、マンションも、老朽アパートも、そして老人ホームも、病院も、同じ。生身の人間が生きている。それを私たちは忘れてはいけません。ちなみに、『定年ゴジラ』は原作本があり、他のエピソードもあるようです。今度は書籍を見つけてきます(;’∀’)。