認知症の国際会議

 昨日は午後から国際アルツハイマ―病協会国際会議の一般公開イベントに行ってきました。2004年に京都で開催されて以来ぶりです。今年は70ヶ国ほどが参加とか!議長は時々ラジオ番組でご一緒させていただく認知症の人と家族の会の高見代表理事、委員長は京都府グループホーム協議会で以前ご一緒させていただいた医師の中村先生、とよく存じ上げている方々です。本会議ではなく展示会場に行きましたがすごい人でした。各国の研究者による認知症研究概要がポスターになっていて興味深かったです。各国の認知症に対する取り組みの最先端と遅れが見える。昨年末訪問したオランダは、e-healthとしてITを使った認知症を介護する人への介入についてなど、日本ではまだ見られない(?)ような研究も。一方でアジア某国では、まだパーソン・センタード・ケアを高齢者施設でもほとんど知られていない、など。中二階のラウンジでは巨大な国際認知症カフェ(*’ω‘*)が開催されていて、こちらも大盛況でした。認知症への優しい取り組みが拡がると良いですね!

私見も入ってしまう個別相談

 なんだか指名手配犯の写真のようですが(;’‘)、先々週の講座イベントでの一コマ。各有老ホーム相談員の方々と一緒に、個別相談をお受けしました。67名体制なのに大盛況で、1日中喋りっぱなし(;’‘)。各担当者の方々も自社のPRではなく、中立的に様々なご相談に応じてくださいました。難しい後見人の話もOK。老人ホームで仕事するとは、高齢期の諸問題全てに通じていなければならないと実感します。一方で、私自身いろいろ反省点も。個人的に相談されるとどうしても私見も入ります。ホームに伺う機会が多いですし、ウラ情報(笑)も入手しやすい立場にいるので、直感的に「良いのでは」「うーん、よく考えたほうが」とコメントしがち。ただ、これは「その人」に合っているかどうかは別です。あくまでも経営的・評判的・自分の直感的なもの。でも85%ぐらい合ってる気がします(笑)。ただ、最近残念なのは「昔は良かったけど…」というところが増えてきたかも。どこを見るか?やはりそこで働く人々の言動です。現場スタッフだけでなく会社本体の人も含め。結構厳しい目の私かもです(*’ω’*)

公助とは?

 「恤救」という字を読める人はそうそういないと思います。社会福祉学を勉強して私も初めて知った言葉で「じゅっきゅう」と読みますが、明治初期の生活に困っている人に対する法令。といっても、当時は世界中でまだ社会福祉が成り立ってない時期なので、ほとんど救われない制度でした。「無告の窮民(むこくのきゅうみん)」とセットで使われ、誰からも助けてもらえない極貧の高齢者や子ども、病者のみが対象というもの。最近、福祉制度が後退という話がよく出ます。歴史を学ぶとその逆流がわかります。先週も少し書きましたが、自助、共助、公助の説明を聞いてその通りと国民に思わせるマインドコントール。貧乏や病気や無職は本人だけが悪の原因?高齢は本人が怠けたからなるものでなし。「自分でなんとかせよ、ダメなら家族や地域が助けよ、どうしようもない場合は公が助ける」ということですが、そもそも公は我々の税金で成り立つものであり助けられるのではなく権利です。そのための社会保険や税金。財務省や厚労省にエラソウにされる筋合いはないですね!自助についてはある学者が「モラル」と「社会システム」に分けて分析する必要があると。怠ける人と、そうでなく自分で努力してもいかんともしがたい社会上(主に経済環境や病気)トラブルと分けるべきである。誰もが大きな困難と紙一重であることを忘れてはいけないですね。

サ高住廃業報道

 我が家にはTVがないのでホントに遅い情報で恐縮ですが(^_^)、先月NHKでサ高住の廃業が263件という報道があったそうです。調査時で6600棟とのことで全体の4%、少ないと思うか多いと思うか…。私はある意味この数字が事実とは思えない(少ない)気がします。すでに首都圏中心にアパート融資で飽和状態が問題視されていますが、サ高住も賃貸住宅なので含まれているでしょう。おりしも団塊世代が親の相続で土地の問題を抱えているとき、銀行やハウスメーカーが相続税対策も兼ねて提案している。さらに国交省の質より量作戦で補助金や減税措置が拍車をかける。最初から十分予測できたことかと今さらながら斜に構えて見てしまいます。最も悪いのは国交省でしょう(きっぱり!)。極端にハードルを下げて数さえ増やせばいいと市場任せ。でもそれで恩恵のあった人はそれにより儲けた建設業界と銀行、一部の大手介護事業者やある程度資金力があり特養に入れない一般人ぐらいで、多くの人は関係ないもしくは困った事態に陥っているのでは…こんなこと声を大にすると嫌われますけど(;””)

高齢者のお風呂の温度

 準レギュラーで出演中のラジオ番組のコーナーで、最近は高齢者の自宅のリフォームについて語っています。先週はお風呂についてでした。公開生放送なのでギャラリーの皆さんに聞いてみました。「お風呂の温度42度以上で入っている方は?」なんと、会場の1/3以上、パーソナリティのお二人も!おひとりは45度ぐらい(◎_◎;)! 消費者庁は、『41度以下、10分以内』の入浴を勧めています。ところが同庁の調査では、37%が42度以上、32%が10分以上、ということでほぼ会場の高齢者達と同じ傾向です。うーーむ!私自身は真冬でも38度で、8分位しか入りません。それでも入浴後はかなりほこほこ。高齢期には感度が鈍るのかもしれませんが、肌感覚よりリスク低減を図ってほしいですね。これからの季節はお風呂事故は激減しますが、次の冬に向けて対策を!

生活のデザインとは。

 地域包括ケアシステムという名称が気に入らんと言いながら(笑)、関連書籍をいくつか読み、先日「そうそう!」と共感したものがありました。機能訓練指導員の国家資格のある人が、現場での仕事をしながら「リハビリ=住宅」の勉強のために大学の建築学科に編入学したとのこと。建築デザインを学び目からウロコだったそうですが、「自分の仕事は(高齢者の)人生のデザインだ!」とひらめいたとか。私も1年前、前職を退職し個人事務所の名称を考えるとき「エイジング・デザイン」としたのは、同様に「加齢に伴う生活をデザインするように描きたい」という想いからです。うーん、なんか文字にするとちょっとカッコいいでしょうか(;””)。といっても、高齢ライフはオシャレな生活ではありません。見た目の華やかさではなく、11人が自分で最期までの生き方を選び納得する、まあ心の在り方デザインという感じですか。うまく説明できないですが、人間「わからない」状態が一番不安になる。それを少しでも解消して前に進めるように…。なんかよくわからない話の今日でした(*’ω’*)…。

公助ではなく国民の権利

 3回目の卒論指導を受けてきた折、先生の前所属国立大の研究会報誌を頂きました。20年以上続く医療・福祉の研究会だそうで非常に面白い!昨今の社会保障制度の「なんかオカシイぞ」とモヤモヤしている部分を、論理的にばっさり切ってくれています。私の担当先生、ジェントルマンでいつも穏やかなのに、文章になるとキビシイ(_◎;)!オブラートに包んだかのように違和感のある「地域包括ケアシステム」は「詐欺」って(;””)。ここに至るまできちんと憲法に照らし合わせた違憲性を論じておられるのですが、ここでとうとう感情炸裂でしょうか。以前、介護保険創設時に厚労省で担当したOBも某専門紙で「現在の改正は国家的詐欺」と仰っていたので、詐欺なのかも(笑)。社会保障制度改正は自助・共助・公助など言われますが、国民へのマインドコントロールです。たかが言葉ではなく重要な意味、しっかり学ばねばならないと痛感するのです。

住み慣れた土地を離れるリスク

 「老いた親を引き取る」という現象はどうも日本特有の文化のような気がします。老いた親が自立でも要介護でも認知症でも、親が住んでいた地域と離れたところは原則反対しています。「親のため」という美談ではありますが結局皆が不幸に陥るケースが多い。自立していたのに知らない土地で急速に弱る、認知症が始まるという話は後を絶ちません。認知症の場合でも住み慣れた土地ではない地域に行くことで自立の人以上に不安は増大、不安どころか本人にとっては恐怖でしかない。認知症の行動を研究して対応している施設などでは、徘徊の原因や暴言暴力の原因を突き詰め解消に至る例もありますが、必ず本人には理由がある。閉じ込めるなんて言語道断ですね。どんなに認知症が進んでも自分がいたい場所でいられるように、そのための地域包括システムですが、「システム」という言葉に違和感。仕組みがなければ成り立たないような場所でうまくいくだろうか。自発的に誰もがやさしくなり、徹底しておせっかいになることでしか解決のしようがないと思うのです。子の愛情が逆効果になることもあるので注意です。認知症介護と身体介護は全く別です。あ、認知症薬もリスクが高いことを忘れずに…。

老後問題は労働問題ともつながる

 人員不足解消のための移民政策は反対派の私でしたが、少し視点が変わりました。問題は移民そのものではなく、迎え入れる企業や国のモラル意識や体制である、と。2008年発行の「大搾取」(NYタイムスの記者著)を読み、まさしく今の日本がこのときのアメリカの状態になりつつあると驚愕しました。搾取とは国や大手企業が結託して一部の富を増やし、結果多くの一般労働者が低所得に向かう、いわるゆ格差のもとです。ウォールストリート占拠も記憶に新しいですが、1970年代から世界的に「搾取」は進行しています。大企業CEOの退職金は2億~4億ドル(220億~440億円)、それまでの給与も億単位なのに、従業員の給与は増より減の方がずっと多い。非正規労働者は最低時給7ドルが守られず5ドル程度なども(当時)…。移民が仕事を奪うのではなく、資本の搾取により全体の労働条件を下げてしまうのですね。また、企業は退職金や年金制度を廃止し始める。老後がほぼ破綻の人も多いのです。人の人生を踏み台にするような企業戦略やそれと結託する国策はやはり問題。日本も同じ道に向かっていると感じます。(ちょっと左派コメントですが、ホントはソフト右派です・笑)

先延ばししてはいけない老後計画

 土曜日は年1度開催の京都新聞ホール「シニアの住まい」講座でした。今年は第2部に司法書士の坂西先生にご登壇いただきましたが、参加者の関心の高さを実感、山中が遠くに霞んでしまう(笑)。前職時代から坂西先生にはいろいろ現場の裏話(*’ω’*)なども含め、ご教授頂いていますが、ホントに早めに対策が必要です。先生のお話からポイント… (1)法定後見の場合家族が後見人になれるケースが約3割に減少 (2)本人の財産が1千万円以上ある、不動産売却や遺産分割協議の場合家族が後見人になるのが難しい (3)裁判所が選任した専門家すべてが後見業務に精通しているわけではない(ほとんどは経験ないか数件) (4)財産の横領などがなければ後見人の交代はできない。…(4)は私も知らなかったので怖いなと感じた次第。1月に某セミナー終了後ご相談されたケースがまさしくこの4つの問題を抱えた人でした。先送りせず、任意後見制度の検討が重要です(重ね重ねですが私は親の任意後見人です)。