2017年の変化へ

 今朝の比叡山は少し雪が被っていました。今年も残すところあと1日半。年末年始といっても、いつもの日の移り変わりでしかないのですが、年の区切りというのは新たな気持ちになるから不思議です。2016年はどういう年でしたでしょうか。私自身は、決していいことばかりではないですが、小さいけど温かい話にもたくさん触れることができました。介護だけに限らず、人々のために最前線で走り回っておられる方の努力に頭が下がります。今年の春から大学での勉強を始めたことが私には大きな変化でした。まだまだですが、さらに研鑽を深めていきたいと思います。来年は、いよいよ次の介護保険改正が決まるはず。それ以外にも人々の暮らしを支える制度や法律の改正は目白押しです。きちんと見ていきたいと思います。今年のブログ更新は本日迄、来年は4日から再開する予定です。良いお年をお迎えください(^o^)丿。

高齢期のこころの問題

 いま大学の「仏教福祉学」のレポートを書いています(^_^)。もともと個人的に仏教はとても関心が高いので、なかなか興味深い勉強なのですがレポートにするのが難しい…(;’‘)。高齢者施設と宗教という観点で考えてみると、海外(欧米諸国)の老人ホームでは、小さな教会や瞑想(静かに過ごす)部屋を共用スペースに設置しているところが多くみられます。毎週牧師さんや神父さんが来られてミサや告解を行ったりしているところもあります。
 写真は先日のオランダの老人ホームでの「瞑想センター」。高齢期は若い時と異なる悩みが多くなると思います。迫る「死期」「死後」についての不安も大きくなる。そんなときに宗教者に話を聞いてもらったり、哲学的なお話をしてもらえたら心はずいぶん軽くなるんじゃないかと。少なくとも私自身はそんなタイプです
(^_^;)。日本でも宗教系事業者が設立した老人ホームには同様の部屋を設置しているところが見られます。宗教が関係ない施設でも、高齢者の心の平穏のために宗教的(哲学的・思想的)取り組みがあってもいいのではないかなと感じます。

高齢者の移動の自立

 昨日はADLの低い高齢者の外出について少し触れてみましたが、オランダに行くとこの可愛いミニカーをよく見かけます。12年前にも見かけました。
 現地の友人から高齢者や身障者用という話は聞いていたのですが、
Netで調べてみました。免許は必要なく、歩道・自転車道・一般道路で運転可能、最高速度は45/hでオートマチック。ただしこれに乗れるのは身障者や高齢者に限定されているようです。アムステルダム市では、直立・歩行が困難な住民にはレンタルするサービスもあるとか。おもに普通免許の継続ができなくなった高齢者が引き続き運転する傾向などがあり、身体上の課題のある人々の自立に多いに役立っているそうです。
 日本でも、高齢者の運転が問題になっているものの、高齢者の移動手段を考えると規制になかなか踏み込めないでいます。自動運転の開発も検討されていますが、このオランダでの実績は検討の余地ありではないでしょうか。実は私もほしいと思うくらいコンパクトで可愛いです。
2人乗りで車いすの収納なども可能。左後方に見えている白いのも同じミニ車です(^_^)。

働き方と親のサポート

 先般のオランダ訪問の話をまた振り返ってみます。オランダの高齢化率は2015年で18%強と日本よりまだ8%も低いものの、街を歩いていると日本以上にADLの低い高齢者に多く出会います。要するにシルバーカーや杖歩行の方々。日本ではアクティブシニアが多く、活動能力が低下した高齢者の自由な街歩きを見ることがそれほど多くない。そういう点では、日本社会はバリアフリーになっていない現実を感じます。
 そして今、現役世代の「働き方」が問題になっていますが、オランダでは正社員でも
100
%フル稼働するのではなく、90%や80%など自分の生活スタイルに合わせて調整している人も少なくないそうです。調べてみると2000年施行の労働時間調整法という法律が功をなしている模様。その国の歴史や文化背景が色濃いので単純比較はできないですが、社会全体でその権利や義務を認めていかないとなかなか難しいですね。オランダ在住が長い友人の話では、たとえば90%労働の人は金曜午後や月曜朝をOFF(要するに週40時間勤務の10%の4時間)にして、その時間を老親の買い物に付き合ったり、幼児と一緒に過ごすという人が多いそうです。
 オランダ含め西洋諸国は基本的に
18歳になると子どもは親元を離れ独立。まず同居はありえない。親の介護は子がするのではなくプロの介護職に任せ、ちょっとした手伝いや日常的な支えは子がするという形です。社会全体で見るとそのほうが経済効率もいいはず。日本も真似したいところですが(^_^;)、社会全体がその価値観を持たないと、制度だけ整えても無理があるでしょう。我々の考え方の転換も試されていると言えますね。

65歳の壁の高さ

 Xmasな週末でしたが、私は3日間大学の授業でした。知的障害者施設でのフィールドワークもあり、大きな学びがありました。視察先で担当の方が「65歳の壁」の実情をお話くださいました。
 以前も記しましたが、障害者の方は
65歳になるとそれまでの障害者支援法から強制的に介護保険に移行します。それにより、金銭的負担やサービス量の減(事業所の変更含む)が大きく課題になります。2018
年に負担を軽減する改正があるもの、先日お伺いした話では支援法でショートステイを利用した場合500円程度なのに、介護保険で同様のサービスを利用すると10倍の5000円を超える。結果的に使わなくなってしまう人が多いそうです。65歳以上の障害者ということは、その親はもう90歳前後の高齢者のはず。年金のみの生活の中から子の介護の負担はどれだけ重いことか。私が今まで直接聞いてきた若い(といってもまだ50代、60代)お母さんの「障害のある子の将来の心配」は切実です。個人的には初めて知的障害者の入所施設を拝見したのですが、高齢者施設とは全く違う点で多くの配慮が必要であることに驚愕しました。一緒に行った高齢者施設に勤務する人は「認知症高齢者の設備よりずっと考えなくてはいけない」と神妙でした。普段、障害・高齢と分けて想定してしまいますが、確実にこの2つは重なる時期がやってくる。画一的な「区分け」ではなく、「その人」に合わせた支援が必須なのは言うまでもないですね。

文化と国民性?

 先週のオランダの話を少し振り返ってみます。
    オランダは欧州の中でも落ち着いた環境と感じます。面積は日本の九州ぐらい人口1700万人という規模。フランスやイタリアのような派手さ(^_^;)はなく、北欧ほど落ち着きすぎでもなく、ちょうどよい感じでしょうか。人々も落ち着いています。現地の友人いわく「オランダ人は怒らない」だそうで、確かに静かに話す人が多かった。1週間の滞在中、車のクラクションを聞いたことがないですし、車も歩行者のために信号がなくても止まってくれます。困っている人がいたらさりげなくサッと助けてくれる。一方で町は結構バリアが多い(^_^;)。でも人が助けてくれるので、物理的バリアがあっても精神的バリアがかなり薄れているという印象でした。
 北欧と同様、介護の現場でもIT化は進んでいるようです。オフィスにあまり紙ベースの資料は見ませんでした。でも、IT化が進んでも人の手の重要性は変わりません。オランダも含め欧州は移民の多い国(それが今課題にもなっていますが)。介護現場の職員の多様性もかなりのものでした。でも皆さんフレンドリーで私のような日本人(^_^;)にも挨拶してくれました。

認知症介護と身体介護

 日経朝刊の一面の記事ですが、なかなか鋭い(^_^;)見出し。今日は東京でセミナーでしたので、冒頭からこの話をしてみましたが、既読の方もおられ日本の今後に不安を寄せている気持ちがひしひしと伝わりました。
 現役世代向けの介護勉強会ではいつも話すのですが、今の介護保認定調査は「身体介護」が中心で認知症の項目が少ない(それでも最初よりマシになった)。結果的に一番介護が大変な「認知症が酷い状態なのに身体が元気」な人の介護認定がとても軽く出てしまいます。記事ではその点も問題視していました。「そもそも介護保険成立時、認知症の激増は前提ではなかった」ということですが、それは怠慢ではないだろうか。有吉佐和子氏の「恍惚の人」が大ベストセラーとなり国会にまで話題になり介護行政に影響を与えたのは1970年代。予測できませんでしたはお粗末。いずれにせよ即刻認定調査の方法を再考して、いつも言ってるのですが「身体介護」と「認知症介護」を別のものとして体制を整えるべき。認知症介護を別の仕組みに作れば、見守り中心の地域移行ケアでも対応可能でコストは減らせるはず(身体介護と重複する場合もあるでしょうけど)。
 団塊世代が80歳に達する2030年には認知症が830万人と予測されているそうです

高齢者住宅「同じと違い」

 先週1週間、充実したオランダ視察となりました。いつもは高齢者住宅財団主催の視察で行くのですが今年は開催されなかったので、単独で(といってもオランダ在住の友人に頼りっぱなし)行ってきました。友人やその友人のおかげで本当にたくさんの高齢者住宅や病院、介護ショップなど現地高齢者の関わる機能に接することができ、どれも語り始めると長々となりますが(^_^;)、おいおいレポート作成したりセミナーで紹介したりして参ります。
 さて土曜夜は最後の晩餐。友人と一緒に選んだ食事先はやはり高齢者住宅(苦笑)。オランダの高齢者施設のレストランは基本的にどこも地元住民にも開放しています。アジアのチビな
2人がオランダ人高齢者施設レストランに交じっている姿はかなり異様ですが(^_^;)Welcomeしてもらいました。いくつか日本と違う点。まず皆さん時間をかけて(1時間~1.5時間)、ビールやワインを飲みながらゆっくり食事されます。そして、ペットOK。多くの人が犬を連れてレストランにも来ていました。日本は衛生面やアレルギーなどで神経質ですが、私はオランダの様子は自然でいいなあと感じました。「ペットは家族」そのものです。そして、日本と同じ点は男性は一人で食事(;’‘)、女性は必ず2人かそれ以上のグループ。いろいろと面白いことが多かったのでまた思い出しながら記していきたいと思います。

住まいのセーフティネット

今日のお昼に無事帰国しました(^^)。
もう少しオランダの話を続けたいと思っていたのですが、気になるこの情報。福祉・住宅行政の連携強化とのこと。先般新聞に書かれていたことの具体化でしょうか。ぜひ傍聴したいと思いましたが「非公開」とのこと。官僚だけの話のようですね(^_^;)。生活困窮者、高齢者、障がい者、子育て家庭等のうち生活や住宅に配慮を要する方々の住まいの確保や生活の安定…とありますが、どの範囲までを指すのか、今後の展開に興味深々です。今回オランダで高齢者住宅をたくさん見てきて、やはり生活の基盤となる「住まい」の安定確保(最低限ではなく最適という意味で)は必須と感じます。豊かな人生は、家の確保があってこそ。今後の進捗を待ってみましょう。

日本人は依存性が高いのか?

 せっかくオランダにいるので、少しはオランダらしい写真もアップしてみます(;’∀’)。午後から少し時間ができたので、郊外のザーンセ・スカンスに行ってみました。古いものは1700年代の風車もあるようです。現役で動いていてすごいですね。
 オランダに限らず、欧米諸国は子離れ・親離れがはっきりしています。今まで訪問した北欧や豪州も「子どもは18歳になったら家を出る」と聞いてきましたが、オランダも同様。一度家を出るとどんなことがあっても戻ることはないようです。親も子もそういうスタンス。かといって冷たい関係というわけではなく、週末には親と会ったり、ちょっとした手伝いをしたりはするので、家族愛は深いけど生活依存がないということでしょう。一方で日本はもちろんのことアジア圏はまだまだ家族依存(精神的にも)が強い傾向です。最近のNewシニア層はだんだん意識が変わってきていますが、それでもまだまだ。
 従って、高齢期に自宅で過ごすことが難しいと感じたら自ら高齢者住宅に住み替えるのが普通です。今回、オランダの街並みを見ていると「ここは老人ホームだな」とわかるところが非常に多いです。それは看板を上げているとかそういうことでなく、オタク性の高い(笑)私の直感ですがほぼ間違いないです。びっくりするほど、多い。ようするにそれだけ必要性があるということでしょう。財源の厳しさはどこの国も同じですが、「住まい」と言うベースの部分をどうしていくのか、日本は喫緊の課題と(何度も)思いますね。日曜の午後にはオランダを発って日本に戻ります(^_^)/。