高齢者の退院後の住まい

bfd12074012fa5b2c8d2402ba58c868e_s 先般興味深い資料を読みました。高齢者が入院した後の退院先を調べたデータです。かいつまんでご紹介すると…。
 退院時、同居する人がいる場合といない場合では、倍くらいの差で同居人がいる場合自宅に戻っている。これは想定できますね。その同居人の中で主な介護者が誰かで調べると「配偶者」が圧倒的に多いそう。さらに資金的にはどうか。毎月15万円以上負担できる、10~15万円、10万円以下と3区分にしてみると、15万円以上の人が退院後は元の住まいではなく違う施設に行っている。その半数は有料老人ホームだとのこと。10~15万円の層はサ高住が多く、10万円以下のほとんどは自宅に戻っているものの違う先であれば特養と、これも想定できるというか、お金の有無がかなり左右しているのがわかります。

 ところが、ここでさらに詳しく調べると、15万円以上の余裕資金者でも配偶者のいる人は自宅に戻る割合が高くなるとのことで、高齢期は配偶者の有無がキーとなるようです。また、介護度についてはどうか、入院前に要介護4や5など重度の人は退院後自宅に戻るケースが多く、入院前軽度で退院時に低下している場合は家に戻らず違う施設へという傾向があるとか。これは、もともともっていた介護力(環境整備)や気構えの違いなんでしょうね。興味深いです。そして、入院前から認知症の場合は、退院時自宅に戻らないほうが若干多くなる。入院中、認知症介護から解放された家族の再受け入れに負担が大きくなっているのかも、とのことです。全体の傾向と判断するのは難しいですが、なるほどな~と思います。

 しかし、今後高齢者の独居が増えてくる中、どうしていくかはホントに課題ですね。

まだ延びる!平均寿命

728 本日の朝刊でも掲載されていましたが、昨日厚労省から2015年の簡易生命表のデータが公表されました。厚労省の詳細データをもとに、平均余命表とその年代の人の平均寿命を計算してみました。新聞掲載より高年齢まで(^_^;)、入れました。
 今回の特徴は、女性がトップから脱落(^_^;)し、4位となりました。香港が男女ともに第1位なんですね。確か特殊出生率の低さも香港がトップだったような気がします。香港はだいたい年に1回行っているのですが、確かに老人が多くなってる気がします。老人ホームも街中にたくさん見ます。

 余命表に戻ると、これはセミナーでもよく使っているのですが、ある程度の年齢になると「平均寿命まであと何年」ではなく、平均余命を見ないといけません。それでも平均なので個人差は大きいですけどね。平均余命からその年代の平均寿命を割り出すと特徴が出ていますね!80代になると長生きすればするほど「もっと」長生きする傾向がしっかり出ています。寿命の幅が大きくなっている(◎_◎;)!しかし、100歳になっても平均余命があと2年半、なんと105歳になっても1年半!こうなると、まったくどう捉えていいのやら。ちなみに人間の限界寿命は120歳と言われ、これ以上は無理と言われています。しかし、科学の進化でそれも塗り替えられるのでしょうか。
 厚労省は、医療の発展でまだ平均寿命は延びる余地があるとのこと。昨今の社会を見ていると、長生き=幸せとは全然感じられないのですけどね┐(´д`)┌

高齢期の保証をどうするか

727 今日の午前中は、シリーズで開講している「シニアアカデミー」の9回目でした。テーマは「身じまい」について。
 この暑い中、出席率100%!さらにいかにこのテーマに関心が高いかわかりました。一連の講座は「高齢期の住み替え」について、項目ごとに勉強する内容になっていますので、ほとんどの方が「住替え」希望のシニア世代。住替えにはたくさんの課題がありますが、中でも増加し続けているのが「住み替え時の保証人」です。たとえば有料老人ホームの場合は、「保証人」と「身元引受人」が必要になります。保証人は賃貸住宅の契約などと同様に、万が一管理費などの維持費や破損などの弁財ができない場合の金銭的保証ですね。身元引受人は、判断能力がなくなった時の代理や死亡時の引き取り・指示などです。かつては、保証人・身元引受人がいないと入居できませんでしたが、そんなことを言い続けるといない人が増加し続けていますので、ホーム側でも預託金制度や任意後見人制度を活用することで入居が可能にしているところが多くなりました。
 講座では、具体的な内容や費用負担を説明するとともに、併せて相続や尊厳死のことも解説しました。問題は、この第三者に依頼する後見人。弁護士の横領などもニュースになり、不安は募ります。この件については、来年に具体事例を持つ専門家とコラボレーションした勉強会を予定しています(^o^)。

障害者介護、65歳の壁

726 久しぶりの雨の今日で少しは渇水がマシになるかと思いつつ、じっとりですね。

 また介護保険の話題ですが(^_^;)、あまり広く知られていない障害者と高齢者の介護について。
 過去、障害者と高齢者の介護は制度を一緒にしていくという話が何度も出ながらそれには至っていません。そもそも、一緒の制度にするにはかなり無理があると思います。なんでも合理的・経済的に進めたい国の思惑ですね。障害者の方々には現在障害者総合支援法から生涯支援区分によってさまざまなサービスが利用できるようになっています。高齢者介護と異なり、小さい子どもから大人まで対象は幅広く、身体、精神、知的と範囲も広いものです。高齢者介護よりもっと複雑です。障害者の方々は65歳になると障害者サービスから介護保険サービスへと優先的に切り替わることになります。いわゆる「65歳の壁」と言われるものです。これにより、金銭的に負担が増え、使えるサービスが減るというなんとも困った状況になります。当然今までの馴染のある障害者サービス事業者やスタッフではなくなるわけですね。
 しかし、今年の国会で「改正」障害者総合支援法が決まりましたので、2017年4月から、65歳以上の人の金銭的負担を軽減したり、障害者福祉サービス事業所が介護保険事業所も兼ねられるよう(利用者が従来のサービスを続けられるよう)仕組みを整えるという方向です。
 また海外と比べてしまいますが、北欧諸国では高齢者と障害者をあまり区別しない制度です。「必要性」に応じてサービスを使う。なので、認知症グループホームには若い精神疾患を持った人も入所していますし、特養ホームなどでも40代や50代などサービスが必要な人の入所があります。ただ、土台が違うので日本の今の制度では一緒にしてしまうのは無理があるでしょう。国もいいとこどりや自己都合でなく(-_-;)、ケアが必要な国民にとってどうかという視点で考えていってほしいですね!

高齢者のご飯はどうあるべき?

725 ここ数日、介護保険への文句(^_^;)が続いたので、少しは楽しそうな話題を。ということで、老人ホームのご飯についてです。

 私自身が食べることと飲むこと(笑)が大好きなので、関心が高いホームのご飯。ともかくホームに行くたび、厚かましく試食させてもらっています。ということで、老人ホームご飯は膨大なコレクションがあるのですが、6枚ピックアップしてみました。
 上の3枚は海外のホーム。左からオーストラリア、中が台湾、右がタイです。下は日本の東西の老人ホーム。ちょっと解説してみますと、オーストラリアは2皿ありますが、これはどちらかチョイス。そしてこれだけです。パンもご飯(^_^;)もつきません。イモ(マッシュポテト)が主食だとか。大きな人が多いのにこれだけってちょっとかわいそうな気もしました。真ん中の台湾のホームはランチが3種から選べたのですが、先方が歓待のあまり3種盛にしてくださり、本当は写真左にある麺、もしくはその奥にある焼きそば、魚フライの定食から選べます。お漬物は全部につく。右のタイ(国営老人ホーム)は、見た目以上にとても美味しかったです。具いっぱいのスープにフルーツ、さらにこの後、とても美味しいココナッツケーキとイチゴ味のジュースが出てきました。
 アメリカやほかの国でもいろいろ頂きましたが、やっぱり我が国のご飯が一番ですね。この写真には出てないのもあるのですが、普通は一汁二采か三采にプチデザート。数あるホームご飯の中で、ダントツ人気は真ん中の京都のホーム「地産地消」ご飯でした。京都産ではなく、もっと狭いエリアホーム近隣産(^_^)。こだわりですね。

 と、ご飯解説になりましたが、ここでひとつ問題。先日、高齢者宅への配食事業者の中には、栄養士が献立を作っていないところもあると厚労省が指摘。確かに栄養士がおらずに病院食・減塩食をうたって営業するところは問題ですが、地元のボランティアやNPOなど本当に困っている近隣の高齢者に食事を作っているところまで同一視して「規制」をかけると本末転倒ではないでしょうか。一般住宅で普通に食べるご飯が、困っている人に届けられたらそれでいいのでは。一家に一人、栄養士はいませんよね┐(´д`)┌。悪者は排除せねばなりませんが、一斉管理にはこの件疑問が残ります。…と、最後にはやはり文句になってしまいました(^_^;)。

要介護度の認定は15秒で?

724 ここ最近、介護保険の話題ばかりですが(^_^;)…。今日は「介護認定」について。介護認定はどのようにされるか?

 まず第1次判定と第2次判定の2回に分かれます。第1次判定は家族に要介護の人がいる方はご存知のように、訪問調査員が自宅にやって来て約80項目ぐらいについて「どの程度できるか」をチェックしていきます。それをパソコンに入れて自動判断。とっても機械的です(^_^;)。さすがにそれだけじゃダメだろうということで、第2次判定「認定調査会」が“人”によって開催されます。これは各保険者(自治体)ごとに、おおよそ月2回位開催していて、認定委員は医師、看護師、介護福祉士、など医療・介護従事者が中心です。ではどんな手順でされているか。もちろん自治体やその時によって異なるでしょうが、調査によると、おおよそ1回あたり30件の審査を1時間~1時間半で行います。事前に審査対象者の資料が調査員に渡されているので、“おそらく”予習はされていると思うものの、実際の認定調査会では、1人たりの認定合議は1件15秒から3分程度、長くて5分と言われます。これで最終決定。
 その対象者をよく知っているかかりつけ医が加わるでもなく、家族が加わるでもなく、知らない人達が最低15秒で資料だけで判断します。なのに申請してから認定おりるまで1ヶ月。もちろんこの人達の報酬は介護保険財源から出ており、事前学習(していれば)があるとしても、1回(1~1.5時間)平均1万5千円位です。これが日本式の介護認定。
 個人的にちょっと驚くデータは、この認定調査員の方々に、原則都道府県が基礎研修を行っていますが、自治体(保険者)が自分たちの市町村の認定調査の研修をしていないというところが37%以上。そんなのでいいでしょうかね…。誰もが忙しいのはわかりますけど。認定って本人や家族にとっては重い内容なのに、実際はこんな軽い(?と個人的には感じる)流れです。私は、北欧至上主義者ではありませんが(問題もある)、デンマークの認定は、たとえば退院が決まったらその日に医療・介護・リハビリの3担当者が、その人の状態を見てすぐ判断し、退院したらその日からサービスを利用できる体制です。日本はなぜ、本人を見てもいない人が認定を決めるのでしょうね。まったくもって不思議です。なんだか、あまり明るい話題がないですねぇ(^_^;)。すみませーん<(_ _)>

介護保険はなぜできたか

723 昨日の続きで、介護保険ができた経緯を少し話してみます。といっても、実は大学の授業の受け売り部分も多いです(^_^;)。

 私自身、かつて経営コンサルティング会社にいた1998年頃から高齢者住宅や介護に仕事で関わり始めたので、介護保険前後のことは一応記憶にあるものの、詳細まで把握していませんでした。「歴史」をあらためてひも解くと1970年前半のオイルショック頃から経済は少しずつ世界的におかしくなっていったのですね。それが大前提としてやはりあります。そして我が国の事情としては、家庭内介護、特に女性の負担が非常に大きかった。政治として取り上げざるを得ないくらい「介護」問題が大きくなってきていた。そして、経済界では新たな儲けるネタ(^_^;)がなくなりつつあるとき、介護のビジネス化を国に要請した。この3点が大きいと言われます。
 で、問題はこの3つ目の経済界の要請。国と経済界が結託して介護をビジネス化したわけです。さらに、厚労省の問題。財務省(当時大蔵省)から措置費用を減らされた。厚労省のお金がない((( ;゚Д゚))!ということで、お金が集まる介護保険を作った(^_^;)。結果、減額措置費よりずっと大きいリソースを握ったと、言われます。介護保険のルーツやディテールを掘り下げていくと、なんともブラックBoxが多い。確かに措置時代も問題は多かったのです。サービス品質は当然のことながら、「措置」というスティグマ(汚点の烙印)を国民に植え付ける。しかし、社会福祉学の先生方は、措置にも問題ありだが介護保険はそれ以上、と声をそろえて言われますね。
 元厚労省で介護保険創設に関わり、某国立大学の先生になった方でさえ「今の介護保険はおかしい!」と大きく批判(^_^;)。「介護を食い物にする」という非難もある介護ビジネス。本来介護は福祉のはずが、このようにビジネスになっていったわけです。

 もちろん、全事業がそうではなく、しっかりと福祉的意識で事業しているところもあります。しかし、驚くような儲け主義のところも悲しいけど多い。儲けることが悪いことではありませんが(持続性を考えると大切)、バランスです。措置時代は、国や自治体が責任をもって利益に関係なく必要な人に介護を提供していた。しかし、介護保険になってからは事業者と個人の契約。だから介護サービスがひとつもない島や、訪問介護だけしかない自治体なども出てくるのです。この歪みはおかしくないか。生活保護の問題もそうですが、申請主義になった昨今、本当に困っている人たち(貧困層)になるほど、必要な保障を受けられなくなっています。介護保険自己負担1割を払えない要介護の人が多いことを忘れてはいけない。中学生で習った(^_^;)、憲法第25条に反することが、結構多くなっているこのご時世なんですね~。

介護とは画一的なものではないはず

DSC05192 この写真は、先週の大学での講義の資料のひとつですが、学べば学ぶほど介護だけでなく我が国の社会保障の問題は根深い(-_-;)。ただこれは日本だけでなく、先日読んだ別大学の先生の文献では海外先進国でも同様です。財源の問題で社会福祉の市場化。今日は違う話を書こうと思ったのですが、昨夜厚労省から「第60回社会保障審議会介護保険部会資料」が公表されたのでそのことを(私見です)。

 選挙の終了を待って(笑)出てきました。前々から出ている、いわゆる要支援対象の削減案。これら改正案が出るとき、民間のリサーチ会社が(ほぼ毎回同じ先)データ作成するわけですが、これは実体が反映されているのかどうかいつも疑問があります。そもそも「案」に合わせたデータだけを集めているのではないか?改正(改悪)の都度、大前提は「財源不足」で、その言い訳のように現場ではそれほど必要ない状況だ…などと報告される。そんな現場の話聞いたことないですが(^_^;)。

 厚労省の資料には、『訪問介護事業所の管理者が考える生活援助(掃除・洗濯・衣類の整理等)に求め られる専門性については、「介護に関する知識、技術をそれほど有しない者でもできる」又は「介護 に関する基本的な知識、技術を備えた者であればできる」(いずれも介護福祉士の資格を取得してい ない者でもできるとの回答)が8割を超えている』とすら記載されています。しかしちょっと待ったです。訪問介護の生活援助は単なる家政婦業務なんでしょうか?生活援助を通してそこに利用者の変化や状況を福祉的・介護的視点で観察し、適切な今後の対策に結び付けるものではないでしょうか。いったいいつのまに、介護保険の理念はすりかわっていったのでしょう。先日の大学の講義でも先生が「最近、厚労省は“介護を社会で担う”と言わなくなった」と言われ、まさしく。2000年介護保険スタート時、声たかだかに「今までの家族が担っていた介護を社会全体で担う』と言っていたんですよ。『家族は愛を、介護はプロに』とも。プロに!もう何度も過去に書いていますが、住宅改修や福祉用具も同様。

 話は変わり、わが国の介護保険は1ヶ月の利用限度額(自己負担)がありますが、これどうやって作られたか知らな人多いと思います。「介護量の標準」が設定されているのですが、これをどう決めたか?“1分間タイムスタディ調査”による。高齢者の介護施設に入所する高齢者3400人に提供される介護を1分単位で記録して平均介護時間を算出したもの。これを「在宅」に適用している。無理があるのは当然です。しかも平均です。介護はパーソナル要素が非常に高い。介護度が同じだから同じケアで大丈夫か?違いますよね。介護保険はきれいごとでスタートし、数年たたないうちに危機に陥り、どんどん改悪し、その尻拭いは作った人たちじゃなく、利用者でありその家族であり、そして現場で働く人々。ではどこで誤算が生じてきたのでしょう。何かおかしい、歪みを感じませんか?

 続く…ということで(^_^;)。

Spotlight と Sing Street

7d996544022db3cbff4c6c4d6b700a86_s 介護保険の堅苦しい話を日々続けてしまったので(^_^;)、今日はちょっと映画の話を。最初の(笑)大学生のころから映画は大好きで、今も年間40~50本、我が家にはTVもDVDもないので当然映画館で観ます。今週観た2本が本日のタイトル。Spotlightはご存知のように今年のアカデミー賞作品賞です。なかなか緊迫したストーリーで、実話だけに迫るものがありました。世の中には、さまざまな権力が事実を深い地中に葬り去ることもできるのだ、と。怖いです。でも最後に正義はかつ!であってほしい。結構、勧善懲悪ものが大好きです(^o^)。

 もうひとつのSing Streetは、胸が熱くなりました。1985年のアイルランド(ダブリン)。ちょうど私の最初の大学生の頃の話です。15歳頃の少年たちの青春話ですが、いや~感動しました!こういうひたむきさ、もう今はもてないけど(^_^;)、人間ってなんていとおしいのかと思える内容でした。無謀になるには大人になりすぎたけど、夢や希望を持つことは何歳になっても続けられます。これは実感。がんばろう、と思わせてくれる映画でした。

 介護保険にまつわる話は実はいろいろあるので、また明日以降書いてみます( `ー´)ノ

介護休業制度の判断基準

720 この写真は6年程前、私がご本人および担当ケアマネさんのご了解を得て私が撮影したものです。大きなご自宅に老夫婦(お二人とも80代)だけでお住まい。在宅介護を受けながら暮らしていました。記憶が定かでないのですが奥さんが要介護2か3、ご主人は要支援1か2だったと思います。しかし、お二人とも認知症です。特に奥さんはかなり進行し、軽い方のご主人が奥さんのお世話をしていた。ケアマネさんは「もう二人だけの暮らしは限界です」とのこと。子どもさんが遠くで働いており、それでも1ヶ月に1回は見に来ていたそう。

 話は少し離れて、昨日厚労省から表題の件、今回の介護休業の改定についてその判定基準(介護休業をとれるかどうか)を公表しました。①公的介護保険の認定で要介護2以上 ②別表の基準(12項目)のうちレベル2が2項目以上か3が1項目以上、この①か②のいずれか該当すればということです。以前の「常時介護を必要とする状態」よりかなり使いやすくなった規準と感じます(詳細は、http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000130474.html)。別表の項目に認知症に係る項目が増えたことは、かなり前進しているかと。願わくば、この内容を広く働く人が情報として得られるよう広報活動をしてほしいと思います。日本は世界で最も高齢化率が進み介護人口比率も多いのに、介護リテラシーが非常に低い。制度をいくら整備しても知らないと使えない。仏作って魂入れずにならないよう、自治体や企業は検討してほしいですね。

 話は写真のケースに戻り、このご夫婦だけでなく他でもよく聞く話ですが、子世代は親の介護や認知症をあまり認めたくない傾向です。その気持ちもわかります。何歳になっても自分より親が弱るのは、子どもとしては認めたくないし悲しすぎる。したがって特に認知症の場合は、かなり進行してから大慌てすることも多いです。本当は、地域がもっと助けられるといいのですけどね。今介護や高齢者の住まいは本当に過渡期にきていると感じます。ひとりひとりが自身の問題として、ぜひ考えてほしいし、繰り返しですが自治体と企業は住民・社員のために自ら勉強し啓蒙してほしいと願います。介護だけでなく、経済産業のためでもあります。