減らない介護殺人

埼玉県で51歳の息子が85歳の母親を殺める事件がありました。「介護に疲れた」と容疑を認めているとのこと。先般ドキュメンタリー映画で「ほのぼの介護もある」と思ったところですが、現実は追い詰められている人のほうがずっと多いでしょう。こういう事件があると、どこかに相談しなかったのか、という人がとても多いですし、確かにそうなのですが、できない事情の人もたくさんいます。そもそも精神的に参ってしまうと正常な考えを保つことも難しくなる。息子さんは会社員とのことで、8050状態ではなかった様子。使いづらくなる介護保険、仕事していても経済格差の現実、親も子も単身化が進む中で、「社会保障」を根本的に考えないと、大変な世の中になっていくと感じます。

高齢者負担を増やす説

社会保障増に伴い、世論は「高齢者負担を増やせ」に誘導されていると感じます。でも社会保障は本来「予算ありき」で考えるものではなく、「必要原則」のはず。どうも国政の言い分に我々はマインドコントロールされがちですが、矛盾の多いことをきちんと把握しなくちゃ、と思います。「75歳以上の負担を増やせ」と言いますが、そもそも年齢で区切ることがナンセンス。「応能負担」すなわち、負担できる人が負担するのが社会保障(保険)のあるべき姿でしょう。生活保護も然り、世論操作で「生活保護=悪」の印象付け。「介護保険を使わない=自立」概念も同様。「生活保護や介護保険ではなく生活保障・介護保障という名称に」と唱える学者もいます。
大型台風10号が西日本を縦断しています。京都も朝から風が非常に強く、各地の被害も心配。「自分だけは大丈夫」の正常性バイアスに陥らないよう、早め早めの準備を!

消費税の意味は

先週、私の指導教授のY先生のゼミが大学院であり、修士2年生6人が集まり、朝9時から夜20時過ぎまで(;’∀’)、激論となりました。テーマは「介護保険」中心の社会保障制度の在り方についてなのですが、各自腹に一物もっているので(笑)、言いたいことがたくさん。介護保険そのものだけでなく、障害、貧困、地域住民、あれこれと話が飛ぶ飛ぶ…、結局全部関係してくるんですね。先日も書きましたが、国は福祉を経営視点で考えがち。でも「社会保障」とは何か?憲法を無視した話が多すぎます。消費税導入の際の「社会保障目的税」はすっかりズレてしまい、増税分が社会保障費にプラスされているのではなく、消費税増税分を一般財源(一般歳入・税)から削っている(ようは±ゼロ)ことをどれだけの人が知っているでしょう?ほぼ半日続いたゼミでの終着点は「国民教育」でした(;´∀`)。

老老親子介護

ドキュメンタリー映画「99歳母と暮らせば」を観てきました。ほのぼの介護とでもいいましょうか。つくづく介護とは、介護する側・される側の性格が大いに関係あると思ってしまいました。画面に現れる以外に難しく厳しいこともあると思うのですが、脱力させてくれる場面が多い(;´∀`)。99歳母を71歳息子(次男)が同居して介護。要介護2で通所や訪問も利用しながらですが、なかなか大変。認知症というより、老化による心身の不具合と感じます。天然キャラのお母さんにはホントに笑わせてもらえます。幻覚にもちゃんと合わせる息子さんも素晴らしい。晩酌を欠かさないお母さん、すてき(*’ω’*)。映画館は8割位の入りでほぼ高齢者でした。

福祉は経営か?

社会福祉法人(社福)の大型化、協同化の方針が出されています。協同化はわかるのですが、大型化には疑問も。社福は非営利法人です。効率化や経営のためといいつつ一般企業のように考えていいのだろうか。特養ホームや幼稚園、障害者施設などは、地域密着で何らかの生活課題を抱える人たちに身近な親近感のある施設であるはずですし、それゆえに社福設立の際の条件もかつては厳しいものがありました。どうも最近の国の考え方は、社会福祉に対しても「経営効率」といった一般営利企業と同じように進めようとしていて、気持ち悪さを感じます。毎度のことですが、「どっちを向いて」考えているのか。グローバル競争第一ではなく、国民の安心を第一に考えてほしいもんですね。

高齢者の証言

この時期は、TVも戦争の特集が多く組まれ、普段の平和な日常から気を引き締めてくれる気がします。今週前半、実家にいたのですが、今までほとんど聞かなかった戦争中の話を母に聞いてみました。終戦時9歳だったので曖昧な部分もあるものの、和歌山の田舎でも爆弾が落ち亡くなった人がいるそうです。ヒロシマの惨状を聞くたびに、普通に過ごしている今の私たちに、同じことが起こったら?と考えざるを得ません。戦争のことを語れる高齢者はどんどん少なくなります。我が家の母世代がほぼ最後の年代かと。楽しいことばかり考えたくなる現代風潮ですが、歴史の上に自分達が成り立っていることを忘れないようにしなくちゃ、とこの時期だけですが(;’∀’)、思います。広島に行くたびに原爆ドームに立ち寄っています。

強制ボランティア?

先般、新聞の書評欄に「ボランティアとファシズム」という本の紹介がありました。その中に、「ファシズムの時代にはボランティアが制度化され強制される」「各自の自発性は『強制された自発性』となり…」というくだりがあり、例えで特攻隊のようにとありました。これを読んだとき、いまの「自助・互助」のなかば強制になっている地域包括ケアのあり方を思い浮かべました。思えば日本は、戦争中を中心に、国家総動員、銃後の〇〇、学徒動員など「ボランティア(奉仕)」の歴史があり、さもありなん。もちろん今は民主国家ではあるのですが、世界情勢を見ているとあちこちキナ臭い。あまりにも大所高所な物見ですが(;’∀’)、メディアの論調といい、気持ちの悪さを感じてしまいます。

複合的に制度を使うとき

以前大学の先生から頂いた石川県の「福祉マップ」を読み直してみました。サブタイトルに「ひと目でわかる社会資源マップ」とあるのですが、なるほど。市町村ごとの独自の制度が一覧になっているのもわかりやすいですし、この図のような事例が参考になります。このサンプルは、いわゆる「8050」問題のケース。複数の問題が存在しているわけですが、利用できる制度は行政縦割りによって、バラバラ。ケースワーカー等がいかにワンストップでコーディネートして担当部署と連携とれるかがキーになります。一般市民からすると、ついついお任せ状態になってしまいますが、このような(わかりやすい)本で勉強できる機会があるのはいいですね。約2500円と少し高いのですが(;’∀’)、役立つ1冊と思います(石川県だけですけど)。

23区、高齢者施設の偏向

東京でのセミナー資料を作成していて、おやと思ったこと。東京23区内でサ高住がゼロ(登録ベース)の区があります。23区内でも高齢者施設数の数が大きく異なります。高齢者人口に関係するにしても、世田谷区の有老ホームの多さは群を抜いています。所得層や土地価格の関係で民間施設の設置はかなり違ってくるのでしょうね。そういう点では特養ホームの設置数はある程度のバランスは考慮されていると感じ、「市場任せ」の危険性を感じます。北欧などは国や自治体が高齢者の利便性を考慮して土地を確保し、非営利団体に運営を任せるという方式をとることが多いです。我が国も社会保障を充実する政策をあげたところで、民間任せだけでは無理がありますね。※データの正確性は保証できないので参考値としてご覧ください

熱中症警戒シーズン

今年は7月下旬までそう暑くないなぁと思っていたのに、梅雨明けとともにいきなり激暑です(*_*)!毎年のことですが、熱中症で運ばれる報道も後を絶ちません。高齢者だけでなく、若い人でも油断できない。この画像は消防庁の熱中症救急搬送速報ですが、ちょうど暑くなり始めた7月下旬の昨年対比都道府県の状況。人口の多い地域は必然的に搬送数も多いものの、比較的涼しい北海道も決して少ないといえません。それにしても、「昨年対比」でみると去年の異様さが抜きんでています(緑の棒グラフ)。全体では今年の約3倍。去年、一昨年は最も搬送数の多いのは7月ですが、先一昨年は8月がもっとも多くなっています。今年はズレている分、気をつけねばなりませんね。